moremorenore’s diary

ゆったりゆるゆる

逃走のカタルシス 【映画の記録-お嬢さん、少女革命ウテナ-】

 先日パク・チャヌク監督作品の『お嬢さん』を見たが衝撃が凄まじかったので記録に残す。『お嬢さん』はサラ・ウォーターズ著『荊の城』の翻案作品で、原作とは違い本作の舞台は日本に植民地化されていた時代の朝鮮半島になっている。主人公は泥棒として生計を立てているスッキで、彼女のもとに藤原伯爵を名乗る詐欺師がやってくることから物語は始まる(実際はスッキが上月邸にやってくる場面から映画は始まるので、あくまで時系列順に並べた場合)。

 ネタバレを自重せずに書いてしまうが騙し騙され紆余曲折の末、結局はスッキと上月の姪である秀子は互いに惹かれ合い、ともに上月の支配と藤原伯舞台なのだが抜け出すことに成功する。もどかしく男性主人公たちの気持ち悪さにイライラしっぱなしの前半から、主人公二人がしがらみから懸命に抜け出す一発逆転の後半に移った時のカタルシスがとんでもなく爽快な構図になっている。これこれこういうものが見たかったのだ!と心の底からにんまりしてしまった。

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 私が特に好きな作品が『少女革命ウテナ アドゥレセンス黙示録』(以下劇場版『ウテナ』)や『テルマ&ルイーズ』なのだけれど(友達にこれを言うと「それっぽい」とよく言われる)それに通ずるものが『お嬢さん』にはあった。『テルマ&ルイーズ』は結末からいうと結構報われないバッドエンドなため、そこは『お嬢さん』とは違うところなのだが『ウテナ』は部分的に『お嬢さん』の結末と似たハッピーエンドな開けた結末ではある。

 このような作品を見ていて毎回考えるのは出来上がった土俵の卑怯さを見抜くことがいかに難しく、またそこから逃げ出すには相当な勇気が必要であるということだ。

 例えば『ウテナ』に関して言うと、『ウテナ』は劇場版もテレビシリーズも(多少の設定の違いはあれど)ある学園が舞台なのだがこの学園という閉じた世界のシステムが結構うまく作られているように感じる。『ウテナ』作品では「決闘」という用語が登場する。生徒たちは決闘の勝者に与えられる「世界を革命する力(奇跡)」をめぐって葛藤し迷走するが、(テレビシリーズでは)結局その決闘というシステムは黒幕の鳳暁生への生贄探しのプロセスの一部であった。

 劇場版ではテレビシリーズ版の黒幕の暁生はもう故人となって「みんなの王子様」的存在は幻想であることがうすうす匂わせられているのだが、その幻想をめぐっても女生徒たちの争いは終わっていない。これに関しては、上田麻由子さんの「薔薇の葬列―『少女革命ウテナ』と少女コミュニティにおける王子様という生贄―」(『ユリイカ』第49巻第15号、2017年9月、40-51頁)という文章をもとに考察を広げた部分が大きいので、興味を持たれた方はぜひそちらを読んでいただければと思う。私ももともとは課題のために手に取った雑誌で見つけた論文なのだが、とても面白かった。

 話を元に戻そう。要するに『ウテナ』の舞台設定は希少な存在をめぐって生徒たちが競争を繰り広げるシステムが根幹に隠されていて(そこで最終的に得をするのは黒幕の暁生だけ)、『ウテナ』の物語はアンシーとウテナが互いに傷つき傷つけあいながらも、そこから抜け出していく話なのだ(と個人的には思っている)。その部分が『お嬢さん』と結構似ているな…と感じた。『お嬢さん』もスッキと秀子は最初は互いに騙しあっており、男性陣はそれを利用している…と見えるストーリーなのだが最終的にはスッキと秀子が逆に男性陣を欺き彼らの世界から華麗に逃げ出していく。

 どちらの話も、最初こそ女性の主人公たちが男性たち(もしくは少数の権力者)が作り上げた大変卑怯な土俵で互いに傷つけあったかもしれないが、最後にはその土俵そのものが異常であるという本質を見抜き、協力してそこから去っていくのである。

 そしてこれは現実を生きる私たちにも無縁な話ではない。世の中は卑怯な土俵であふれかえっている。格差を是正に乗り出さないまま互いに競争させることで貧困を増やす政府の担い手たち。組織の幹部の数少ない席を男性が圧倒的に占めているのにもかかわらず、残りの席をめぐって女性たちを争わせる構図。どれも巧妙に暗い所へ隠されており、よく目を凝らさなければ見えてこないものだ。そこから抜け出すには勇気が必要だし、場合によっては何かを犠牲にする必要も出てくる。ここまで来ればもう退散や逃走というよりむしろ敵に立ち向かってすらいる。これらの点も含めて私は上記の作品にカタルシスを感じる部分があるのだと思う。

 

 簡単なことではないが、生きていると案外様々な局面で「あなたの卑怯な土俵の上では闘いませんよ」とはっきり意思を表さなければならない状況というものに遭遇するものである。『ウテナ』のアンシーとウテナ、『お嬢さん』のスッキと秀子どちらの二人組もその勇気を分けてくれているのかもしれない。

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